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戦略展開拠点ニッポン
――在日米軍再編から浮かび上がる米国の野望――
斉 藤 光 政


(さいとうみつまさ・東奥日報社編集委員)
 灰色の雲が低くたれ込める中、 濃灰色に塗り込められた米軍爆撃機が一機、 静かに舞い降りた。 シベリアから渡って来るツルにも似た優美な曲線。 全長四五メートルの巨体に似合わない軽やかな着地は、 操縦桿を握るパイロットが歴戦であることを物語っていた。
 「おー、 やっぱりでかいな」
 望遠レンズ付きの一眼レフカメラを手に、 民間空港の送迎デッキに陣取った軍用機ファンたちからは、 驚きとも感嘆ともつかない声が上がった。
 九月三日午後二時。 青森県三沢基地。 日本列島最北の米軍基地として知られるミサワに、 国内で初めて戦略爆撃機B1Bランサーが姿を現したのだ。 注目すべきは、 この機体が飛び立ってきた場所だった。
 それは、 はるか南のグアム島アンダーセン基地。 二〇〇一年の9・11テロ後、 米国が世界規模で推し進める軍再編 (トランスフォーメーション) の中で、 その戦略的重要性があらためて見直されるとともに、 〇四年から大型 (長距離) 爆撃機のローテーション配備が始まった太平洋の要衝である。 もちろん、 配備の狙いが北朝鮮と、 その背後に控える眠れる獅子・中国にあることは言うまでもなかった。
 B1Bは可変翼を採用することで大型爆撃機として初めて音速の壁を突破することに成功した画期的な機体だ。 その曲線だらけの設計で明らかなように、 いち早くステルス機能を取り入れた先進性でも知られる。 二〇トンの爆弾を抱えて、 一万二〇〇〇キロをひとっ飛びする米軍自慢の最強ボマーである。
 そんな物騒な機体がわざわざ飛来した目的について、 三沢基地の回答は 「翌日に開催される航空祭への展示」 と、 いたってそっけないものだったが、 私はそこに米国のある特別な意志を感じ取っていた。
 それは、 日米政府間で迷走する在日米軍再編協議への隠せないいらだちと、 最大の仮想敵国である北朝鮮・中国に対する 「戦略展開拠点ニッポン」 の誇示。 そして、 いつでもグアムから三沢へ展開し、 攻撃をしかけることが可能なのだという軍事的圧力である。 特に、 後者にこそ、 最強ボマー派遣の大きな理由があるとにらんでいた。
 近年、 在日米軍の再編問題ほど新聞紙上をにぎわせた軍事ネタはないだろう。 その動きが本格化した〇二年十二月以降、 各紙面に 「再編」 の二文字が躍らない日はなく、 しかも日米協議の合間に伝えられる情報は二転、 三転。 日替わりで登場する 「再編案」 なるものに、 「どれを信じていいのやら」 と首をひねった読者も多かったことだろう。
 情報が錯綜、 混乱した要因として考えられるのは、 まず第一に抜きネタを狙う記者の勇み足だが、 それ以上に大きかったのが、 交渉を互いに有利に導こうとする日米関係者の裏芝居。 すなわち、 意図的なリークにあったことは間違いない。 結局、 各メディアは日米のリーク合戦に巻き込まれ、 振り回され、 読者以上に翻弄されたというわけである。
 再編問題を取材するため訪れた米国防総省で、 担当者の一人はそんな状況を皮肉るかのように語った。
 「こと在日米軍の再編については、 新聞に載っていることを信じてはいけない。 間違いばかりなんだから。 なぜ? それは裏で誰かが誘導しているからでしょう。 真実は最後まで語られないものなんだよ」
 地方紙とはいえ、 曲がりなりにも新聞記者である私に対して 「新聞を信じてはいけない」 とは妙な話だが、 それだけ日米双方にアドバルーン記事が多く、 当事者としても見かねたということなのだろう。
 それではなぜ、 こんなリーク合戦が横行したのか。 その背景には、 再編協議をめぐる日米間のスタンスの違いがある。 沖縄を中心とした国内米軍基地の縮小を図りたい日本と抑止力維持を求める米国。 一枚岩の同盟関係をうたいながらも、 両国間に横たわる大きな隔たりが交渉を長期化・複雑化させ、 結果的に、 双方が手持ちのカードを有利に切ろうと画策し合ったというわけだ。
 こうした長期化の背景には、 交渉で終始受け身に回った日本側の優柔不断があったことも否めない。 それに振り回され、 予想以上の長期化を強いられた米国側からは一時怒りの声が上がったほどで、 取材相手の米陸軍関係者は次のようにさえ言い切った。
 「日本側は基地を抱える地元自治体の反対などを理由に、 極めて消極的な拒否反応に終始している。 こちらには具体的な対案を示さず、 『待って』 『待って』 と繰り返し、 決断を先延ばしにするばかり。 極めて日本的なあいまいな状況に置かれている。 もう、 全く理解できない…」
 米国側のイライラ感が手に取るように分かる。

基地縮小実現できず

 まさに、 「同床異夢」 「紆余曲折」 の四文字で言い尽くされるのが、 在日米軍の再編協議だったわけだが、 ついに再編案の骨子となる 「中間報告」 が十月二十九日に日米間で合意に達した。 主な内容は以下の五点に絞られる。
@ 米陸軍第一軍団司令部 (ワシントン州) をキャンプ座間 (神奈川県) へ移転
A 騒音問題となっている米海軍厚木基地 (神奈川県) の空母艦載機部隊を海兵隊岩国基地(山口県)へ移転
B 市街地のど真ん中に位置する米海兵隊普天間飛行場 (沖縄県宜野湾市) をキャンプ・シュワブ (名護市) の沿岸部へ移設
C 普天間飛行場の空中給油機を海上自衛隊鹿屋基地 (鹿児島県) へ移駐
D 米海兵隊第三海兵遠征軍司令部 (沖縄県うるま市) をグアムへ移転
 これを一体どうみればいいのだろうか。 それはただ一つ。 日米による三年がかりの壮大なガラガラポンの果てに姿を現したのは、 米軍によるさらなる基地強化、 つまり、 日本列島の前線化にほかならないということだ。 そう、 冒頭に挙げた 「戦略展開拠点ニッポン」 の現実化である。
 当初、 再編協議に当たって日本側は、 「在日米軍の在り方を見直す千載一遇のチャンス」 (防衛庁幹部) と勢い込んだ。 しかし、 「テロとの戦い」 「中国の覇権阻止」 「北朝鮮の核の脅威」 を叫び続ける米国側の力技に押し切られ、 結局、 「基地縮小」 という最大の果実を得ることができなかったのである。
 確かに、 日本側は最大の懸案となっていた沖縄駐留の海兵隊について、 第三海兵遠征軍司令部と支援要員をグアムに移転することに成功した。 合わせて、 普天間飛行場の空中給油機KC-130も海上自衛隊鹿屋基地へ移すことができた。
 これらの移転によって、 沖縄から七千人規模の兵力が削減できた――とするが、 第三海兵遠征軍で移動するのはあくまでも司令部と支援要員にすぎず、 歩兵や砲兵など一万人に上る実戦部隊は残したままだ。 有事の際には司令部と支援要員が駆けつけさえすれば、 沖縄から即時に出撃することが可能な体制は依然維持されているのである。 空中給油機関係も沖縄から移駐したとはいえ、 日本国内にとどまっていることには変わりない。
 また、 再編の目玉となっていた米陸軍第一軍団司令部のキャンプ座間への移転について、 日本側は 「固定的な部隊を持たない新たな司令部 (UEX=司令部機能ユニット) に改編・縮小して受け入れる」 と説明する。 大きな兵力増強ではないと強調しているわけだが、 それは言葉の遊びにすぎず、 本質をついていない。
 というのは、 もともと第一軍団の守備範囲は太平洋からインド洋までの広域にわたり、 この中で行動する陸軍兵力が自動的に第一軍団の指揮下に組み込まれるシステムになっていた。 それが軍団からUEXに改編・縮小されたとしても、 少なくとも東アジアをカバーする米陸軍兵力の頭脳、 すなわち 「陸軍極東司令部」 とも呼ぶべき存在が日本列島に新設されたという事実には変わりないのである。
 ちなみに、 米国は再編に伴って、 すでに在韓米軍の削減 (〇八年までに一万三千人) を明らかにしている。 つまり、 手薄になった朝鮮半島や台湾海峡で火が噴いた場合には、 キャンプ座間が否応なしに対処しなくてはいけない状況に追い込まれているのである。 日本は新たな火種を抱え込んだということだ。
 「火種」 で思い出すのが、 リチャード・アーミテージ前国務副長官の片腕を務めたロビン・サコタ前首席補佐官の言葉だ。
 「米国は世界の四つの地域に注目している。 それは、 いつでも紛争の発火点になりかねないインド・パキスタン、 北朝鮮、 台湾海峡、 イラクだ」
 三年前に私のインタビューに答えたものだが、 「世界の火薬庫」 と名指しした場所すべてがアジアだったことに驚くとともに、 妙に納得した記憶がある。
 ご存じのように、 サコタ氏が指摘した四つの発火点のうち、 すでにイラクは崩壊した。 残る三つの火薬庫に火消し役として直接向き合っているのが、 「戦略展開拠点ニッポン」 であり、 思いやり予算という異例の優遇措置の中で居座る在日米軍なのだ。 こうしたアジアの情勢を、 ある米国務省の高官は 「壊れてしまったおもちゃ」 に例え、 次のように説明する。
 「核ミサイルの発射ボタンに手をかけたままにらみ合っているインドとパキスタン。 核のカードを握りしめたまま狂犬のように好き勝手をわめく北朝鮮。 台湾統一に野望を燃やし、 東シナ海、 南シナ海に覇権を求めている中国。 もう、 どうしようもない。 でも、 それがアジアの現実なんだ。 そして、 欧州でロシアの脅威がなくなった以上、 いやでも向き合わなければいけない米国の現実というわけなんだよ」
 いつ暴走してもおかしくないおもちゃの修理屋。 それこそが在日米軍の使命なのだと 「世界の警察」 を標榜する米国は主張しているわけだが、 そうなると必然的に在日米軍のカバーする範囲はアジア一円に拡大することになる。 本来、 本土の西海岸に拠点を構えていた陸軍第一軍団司令部が、 わざわざ太平洋を越えて日本まで前進してきた理由がそこにある。
 こうしたアジア全域を視野に入れた広域司令部の日本列島への新設の動きは今に始まった話ではない。 多くの国民は気付いていないが、 二年前の〇三年九月の時点ですでに静かに実行に移されていた。 米海軍がそれまで上瀬谷 (神奈川県) に置いていた第一哨戒偵察航空団司令部の第七・第五艦隊哨戒偵察航空団司令部への格上げと、 三沢基地への移転である。
 第七艦隊は西太平洋とインド洋を、 第五艦隊は中東、 アラビア海、 ペルシャ湾を担当する。 これが意味することは、 三沢の指揮範囲が極東の枠をはるかに越えて、 西太平洋からアラビア海、 つまり米国からみて西半球全体に及ぶということだ。
 第七・第五艦隊哨戒偵察航空団は、 P3C哨戒機とEP3E電子偵察機約一〇機を運用する、 いわば海軍の目であり耳である。 ミサワの大きな目と長い耳は全世界規模で伸ばされているのである。
 こうした状況は明らかに、 在日米軍の基地使用を 「フィリピン以北の韓国及び台湾地域」 に限定した日米安保条約の 「極東条項」 に反していると言わざるを得ない。 その意味では、 今回の在日米軍再編の中間報告は有名無実となっていた極東条項に最後のとどめを刺したということができるだろう。

急加速する軍事的融合

 そして何より中間報告で注目すべきは、 再編によって米軍と自衛隊との一体化、 というよりは軍事的融合がさらに進み、 日米同盟が新たな段階に突入しようとしている点だ。
 具体的には、 テロ・ゲリラ攻撃に対処するため陸上自衛隊が〇六年度に新設する中央即応集団 (四千八百人) の司令部が、 キャンプ座間に置かれることになった。 また、 国内の防空作戦を指揮する航空自衛隊の航空総隊司令部 (東京都府中市) が、 在日米軍司令部のある横田基地 (東京都福生市) 内に移転する。 すべてが再編という名の統合に向けて進んでいる。
 忘れてはいけないのは、 そうした日米軍事融合を象徴する最大のシステムが十分な論議を経ないまま、 一足先に動き出しているという事実だ。 再編の中核ともいうべきミサイル防衛 (MD) である。
 簡単に言うと、 MDは弾道ミサイルを高性能レーダー網で探知し、 着弾前に撃ち落とす構想。 日本では、 大気圏外で撃墜するイージス艦発射型の迎撃ミサイル・スタンダード (SM3) と、 撃ち漏らした弾道ミサイルを落下直前に撃墜する地対空ミサイル・パトリオット (PAC3) の二段階で防御する計画で、 〇六年度にPAC3、 〇七年度にSM3の配備を開始する予定だ。
 このMDが抱える問題こそが、 憲法上禁止されている 「集団的自衛権の行使」 だ。 政府は 「迎撃対象を日本に飛来する弾道ミサイルに限定し、 日本上空を通過して米国などに向かうミサイルは迎撃しない」 から、 集団的自衛権の行使には当たらないとしているが、 果たして政治的、 技術的にそれが可能なのか。
 そこで、 こんないじわるな質問を日米安全保障問題の専門家である米国防大学国家戦略問題研究所 (ワシントンDC) のジェームズ・プルジィスタップ上級研究員にぶつけてみた。
 日本を狙った弾道ミサイルは撃ち落とすが、 米国に向かうものは見逃していいのか―。
 彼の答えは明確だった。
 「日本がそんな撃ち分けを行ったら、 日米同盟は一夜にして崩壊してしまう」
 日本と米国がそれぞれ頭上に広げるMDという傘が一つに重なりあって初めて機能するのがMDなのである。 そして、 それは米国が日本に対して、 日本海を隔てて対峙する北朝鮮の露払い役を求めていることの表われでもあった。 また、 SM3 (イージス艦発射型) の新型の開発を米国と共同で進める日本にとって、 武器輸出三原則の壁も立ちはだかる。
 極東条項、 集団的自衛権、 武器輸出三原則。 これら長年の懸案事項について、 日米両政府は米軍再編をスプリングボードに一気にクリアしようとしている。 特に、 九月の衆院選で歴史的大勝を収めた自民党はその動きを加速させており、 在日米軍再編の中間報告に合わせるように打ち出した新憲法草案では 「自衛軍」 の保持を明記。 集団的自衛権の発動と海外での武力行使を可能にしようとしている。 それは、 六〇年安保体制で浮き彫りになったひずみとしわを取り除くアイロンがけ作業にも似ている。

事実上の日米英3国同盟へ

 そしてその先あるものは、 米国を軸にした 「日米英三国同盟」 にほかならない。 ワシントンDCで会った政府系シンクタンクのアジア問題専門家は言う。
 「ホワイトハウスが日本に求めているもの。 それは、 米国と常に歩調を合わせ、 ともに戦うことを恐れない英国のような強い家族になってほしいということ。 アジアの英国になってほしいのだ」
 「日本をアジアの英国に」。 こうしたホワイトハウスの意図は、 米国を中心に世界地図を見れば理解しやすい。 欧州とアフリカでの紛争には英国内の米軍基地から駆けつけ、 アジアと中東の有事には在日米軍基地から出動する 「二正面作戦」 だ。
 言い換えれば、 米国を軸に左右二つに割った地球の右半分は英国を、 そして左半分は日本を拠点に管理するという雄大な構想である。 これこそが、 「パックス・アメリカーナ (アメリカによる世界秩序)」 の野望にほかならない。 米国が地球上で最も重視する二つの戦略展開拠点。 その一つに日本はいつしかなろうとしているのである。
 再編案の最終報告は来年三月にまとまる予定だ。 しかし、 再編の元締めであるラムズフェルド米国防長官は見直しの余地が少ないことを示唆している。 事実上の決着にしたいということだ。 これに対して、 再編の主舞台となる沖縄県の稲嶺恵一知事と神奈川県の松沢成文知事は 「地元の意向を無視したやり方はとても認められない。 国の約束違反、 裏切りだ」 と断固拒否の姿勢を見せている。 政府の説得作業が難航するのは必至の情勢だけに、 今後の成り行きが注目される。
 私はある悪夢を見る。 二〇××年、 某産油国。 広大な砂漠に一筋の塹壕が掘られている。 どこからともなく聞こえてくる 「ジハード」 の叫び声。 塹壕に向かって繰り返し突撃するイスラム教徒。 彼らを迎え撃つ迷彩服の兵士たち。 その肩に縫いつけられている国旗は星条旗とユニオンジャック、 そして……日の丸。
 悪夢を現実にしないためにも、 在日米軍再編の行く末を注意深く見守り、 事あるごとに声を上げなくてはいけない。


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