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底にある論理

澤 地 久 枝


 広島、長崎の原爆から六十年すぎて、まだ世界の核軍縮は足踏み状態にある。ごく最近のニュースでは、イランによる「ウラン濃縮」国際原子力機構の封印を解除する研究活動の再開が伝えられた。
 原子爆弾の被害は、人類の歴史上、かつて経験したことなない性質のものだった。いまもなお、核による生命力破壊に苦しむ人たちがあり、その被害は終わってはいない。非常な進歩を遂げた先端医療も、核被害を受けた生命を回復させる道に達し得ていないのだ。
 つぎに起きる大規模戦争では、核兵器の使用は必須と思われる。広島と長崎の先例が、核兵器の完全封印・廃絶以外に道はないと告知しているにもかかわらず。
 イラン・イラク・北朝鮮を名ざしして、悪の枢軸とよんだのはブッシュ大統領であった。イラン戦争が予想通りの泥沼化、膠着状況におちいり、犠牲者が二千人をこえたアメリカは、つぎの標的を求め、攻撃をしかけてくるのではないか。そういう恐怖をイランや北朝鮮当局がいだき、対抗策として核兵器をもつことにつよく執着することはあり得る。世界最大の核兵器保有国であるアメリカは、核兵器はもとより世界の軍縮にたいしてもっとも非協力的である。万一核兵器が使われたら、被害は当時国にとどまらず、地球規模のものになり、地球そのもののいのちをゆるがすことが予想されるにもかかわらず、イラクで使われた米国の劣化ウラン弾による放射能汚染が現にあり、参戦した米国兵士にも被害が出ていると聞く。イラクの非戦闘員、女子共たちには逃れがたく放射能の脅威にさらされている。
 兵器は、殺傷効果を高め、自国の損害を最小限に食いとどめるべく、より残酷なものへと「開発」がすすむ。兵器の存在そのものに内在する宿命のように。人間の英知とは、生命損傷を目的としてあるのではなく、無意味な殺傷を未然に防止するべく与えられているのではないのか。
 十七、八年前、大手企業の労働組合代表が「兵器産業をうけいれたい。理由? 経済的にゆたかになるために」とコメントした新聞記事を見た。「平和」を第一義とするこの国で、労働組合の代表がこういう発言をするに至った時勢を、わたしは臍を噛む思い出受け止めた。この企業は、戦争中、独占的な軍需工場をもち、米軍の空襲下、多くの動員学徒を死傷させた歴史をもっている。
 敗戦のあと、占領軍は日本の武装解除をおこなっただけでなく、日本のいっさいの武器製造を禁止した。当然の処置だったと思う。別の見方をすれば、連合軍の武器供給国として盛況をきわめたアメリカ軍需産業を守るべき、ライバルになりうる日本の牙を折る必要があった。
 その米軍が、日本の武器製造を認めるまで、わずか六年しかない。一九五〇年六月に朝鮮戦争がはじまり、翌五一年、日本は砲弾製造を許可される。試射場としてえらばれた日本海ぞいの内灘で反対闘争が起き、米軍は内灘の試射場を断念した。
 戦後六十年、経済界の代表が武器輸出三原則への異義を公言。日米共同のミサイル防衛計画実現を小泉内閣は認めた。アメリカとともに、世界の時の流れに逆行、軍拡の推進の一翼を担おうとしている現在の日本がある。
 いっさいの武器をなくせば、戦争はできない。武器の世界最大の輸出国であるアメリカは、地球の未来にたいする破壊的挑戦者以外の何者でもない。
 日本はなぜその同伴者になろうとしているのか。憲法を変え、自衛軍を「堂々たる軍隊」に変え、アメリカの友軍として戦わせようという野心。その根底にあるのは、ごく単純にカネ、利益最優先の論理ではないのか。
 「満州」での敗戦直後、日本軍の武装解除風景を窓の内側から凝視した。十四歳だった。そこから新しい日本の歴史ははじまり、憲法につながった。歴史を逆行させる愚は、誰のためにもならない。


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